だれにも話せないこと

 「きみはだれにも話せないことがあるかい」
Mはそう切り出した。そんなことあたりまえだ。だれでも秘密のひとつやふたつはある。
 「あるけど,なんでそんなこと聞くの。おまえが先に言ったら,おれの秘密を教えてやってもいいけどな」
Mは少しうつむくように視線をはずしたが,すぐにキッとおれをにらむように視線を合わせてきた。
 「わかりました。話しましょう。わたしのだれにも話せないことを,あなたに」
おれはなんとなくMの様子がおかしいとは思っていた。だが,まさかそんなに仲が良いわけでもない,ただの職場の同僚だから,立ち入った話などしないだろうとタカをくくっていたのだが。
 「じつは,きのうの夜,ある女性を殺してきました。その死体は海にすてました。あそこの堤防の先まで車で運んで,寝袋に包んで捨てました。もちろんその寝袋には鉄アレイの二十キロをふたつつけて,海の底まで沈んで二度と浮き上がらないようにしました」
そうか,やっぱりこんな居酒屋の酒の肴になるのは,ちょっと並外れたホラ話になっちまうのか。
 「それで,おまえは平気なのかい。そんなことして,よくこんなところで酒飲んでいられるな」
Mは少し顔をゆがませるように笑っていた。と思ったが,笑いにしてはちょっと異様な気味の悪さがあった。
 「今は気分が晴れています。秘密はひとりだけで抱えていてはいけません。やはりだれかと共有するからいいんです」
 「なかなかしゃれたこと言うじゃない。おまえも自分のホラ話に酔っ払ってるんじゃないの」
Mの表情が変わった。なにかほんとに薄気味悪いにやけた顔になって,おれに話しかけてくる。
 「それじゃ,次はあなたの話ですね。職場でいっしょでもぜんぜん話をしたことなかったし。ぜひきかせてください,あなたのだれにも話せないことを」
おれはちょっとことばに詰まった。だれにも話せない話なんて,こんな場所でこんなやつに話せるわけがない。とにかくでたらめでもなんでもいいから話してみるか。
 「わかった。おれも話すよ。おれは学生時代,駅のホームである男とけんかになって,思わずその男を思い切り押し倒した。その勢いでその男は線路に落ちてホームに入線してくる電車の車輪にからだを刻まれて死んだ。おれは人ごみにまぎれて逃げた。とにかく逃げて逃げまくり,とうとうつかまらなかった。朝の通勤ラッシュということもあり,その男がどのようにして線路上に落ちたか結局わからないままとなったんだ。おれの話はこれで終わりだよ」
Mは笑っていた。とてもおもしろそうに,冷酷に笑っていた。なぜかおれは背筋がキューッと寒くなってゆくのを感じた。
 「その結末はちがいますね。あなたはその男が線路に落ちたまでは確認したけれども,そのあと急にこわくなって逃げたんです。その男が死んだかどうだかあなたにはわからないんだ」
 おれは少しこわくなった。なにかそのことばの奥におれのこころの奥底をのぞいているという雰囲気がにじみ出ていた。
 「わかったよ。ウソなんだよウソ。そんな話つくりごとだよ。おまえの話だってそうだろう。ウソなんだろう」
Mは笑っていた。とても口を大きく開いて笑い続けていた。
 「その線路の下で,今でもあなたを怨んでいる人がいるんですよ。あなたがちょっと肩をぶつけた人が確かに線路の下に落ちたんです。その人は,ホームの下の隙間に隠れて危うく命拾いしたんです。でもあなたの顔をしっかりと覚えていました。あなたの顔をわすれませんでした」
おれは顔面が蒼白になっていた。しまったやはりウソをつこうとしてもホントの部分が入ってしまう。
いけない,おれの想像力はいかに乏しかったのか。
 「わかった。おまえか。おまえだったのか。その時の落ちた本人だったのか」
Mの顔は自然と醒めていった。なにもなかったかのような顔に変わっていた。
 「わたしは今まで電車に乗ったことがないんですよ。だってわたしはパニック障害という閉塞恐怖症で,大勢のいるとくに電車のようなものには乗れないんです。いままで通勤も自転車か自動車だけでした。それは学生時代から今でもずっとです」
 おれは負けた。だれにも話せないことを話してしまった自分を後悔していた。
 「わたしの話はホントですよ。事実です。だって事実は小説より奇なりっていうじゃないですか」
Mは牙のような犬歯をむき出して笑っていた。
おれは氷の塊を背中に入れられた。
寒気がしてしょうがなかった。

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この記事へのコメント

シロ
2005年03月17日 03:57
シロの秘密は・・(考え中)
泪のしずく
2005年03月17日 19:23
ほんとうの秘密は思ってもないときに,暴露されてしまうのです。

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