道に迷う

 なぜかわたしはいつも夕暮れ時になると道に迷う。
 たぶんキツネに化かされて,キツネ火についていってしまうのだろう。歩いていても,自転車に乗っていても,車を運転していても,同じように道のまわりの家々が判別できなくなってしまう。
 それは景色の失念というか記憶喪失のような方向音痴になってしまう。それは右にある建物を確認しながらもとの道に還ろうとしても,またちがう道に迷いこんでしまう謎である。謎は常に連鎖して道をいくつも勝手に創りあげる。それはきっと空間や次元を超えた道で,きっと迷いこんだら二度と抜け出せない道かもしれない。

 その日は普通に視界も悪くなく,日暮れ時とはいえ,真っ暗というわけではなく,薄暮というぐらいのたしかに車の運転には不向きな時刻ではあったのだが。
 最初にその男を見たのは,Nという名の交差点だった。右折をしようとしてハンドルを右に切ってゆくと,いきなり横断歩道の真ん中にその男があらわれた。まるで,瞬間にどこからか転送されてきたかのように突然の出現に,思わず思い切りブレーキを踏むが間に合わない。
 目をつぶった。ドカンッと音がすると思った。ところが横断歩道にはなにもなかった。車はただ見知らぬ空間を突き抜けただけだった。わたしは後ろに車がいなかった幸運に安堵した。なぜだろう。あの男の顔が思い出せない。ただそこにいたことはまちがいない。どんな男だったか,思い出そうとすると忘れている。
 それから,道はわたしにとって見知らぬ道になっていた。わたしの知っているはずの道が微妙に知らない道へと変化している。わたしはあせって車のハンドルを右や左に切って,ともかくわたしの知っている道のあるところに出ようとしていた。ただ,あせればあせるほど,わたしは見知らぬ道に迷いこんでいった。
 
 それから交差点の真ん中でその男が立っている回数が増えていった。わたしはもはやその男をひき殺さんばかりにブレーキを踏むことなく通りすぎたが,そこには空気しかなかった。わたしはやがて,疲れ果てた。道を探すことに,家に帰ることに,車を運転することに,すべてに疲れていた。

 その瞬間,わたしはどうなったか覚えていない。ただ大きな衝撃音とともに,目の前が真っ暗になっただけだ。
 わたしは,いつの間にかどこかの交差点の真ん中に立っていた。わたしはどこに行ったらよいかわからなかった。わたしは次々と別の交差点を目指して歩いた。それでも,どこにもわたしの知っている交差点はなかった。

 救急車が到着したときには,すでに遅かった。
 まだ夕暮れ時の薄暗い不思議な時間帯だった。

 

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