かき氷

 その音を聞くたびにジュンは心臓がギリゴリとしてくるような気がした。その店は駄菓子屋といって外と内の区別がなかった。境界線のない店には,蠅取り紙に蠅がたくさんくっついたままゆれている。外の風が自然と流れてくる。蝉の鳴き声がBGMの代わりに聞こえてくる。
 ジュンの今は,冷房のきいた部屋で,内と外がきちんと区切られた部屋だ。昔の記憶はいつの間にか細胞の消滅とともに無くなってしまった。隣と隣の境がない近所づきあい。味噌や醤油などの調味料をもらったりあげたりする関係。隣の家の茶の間でおばあちゃんといっしょにテレビを見ながらスイカを頬張っていた。存在そのものが共通だった昔。
 サッシの窓の向こうには灰色の壁だけがあった。その壁から伝わってくる温度は伝わってこない。ここではいつでも自由に適温に調節される。それがマイコンに制御された機械的な弾力性のある生活。ここはいつでも春になったり秋になったりするけれども,冬は来ないし,夏も逃げてゆく。
 こんな便利なジュンの部屋のなかに,今は昔の記憶と家族のぬくもりが欠落している。ジュンは一日自分の手のひらの皺や線を数えている。それは毎日ちがう発見を生む。ジュンの寿命は少しずつ短くなっている。その経過を観察しながら,ジュンは残りの時間を計算しながら,またスクリーンに目を移す。
 その巨大なスクリーンには,家族が映し出されている。それも克明にその人生のはじめからおわりまで,きちんと整理編集された映像として完成されている。父も母も兄も姉もみんなもうこの世にはいない。ただスクリーンのなかの作品として生かされている。ジュンは何度も何度もその主人公たちの物語を見ながら,ときどき射精する。それはジュンの意思にかかわらず,肉体のサイクルとして訪れる現象だ。
 ただ,ジュンが驚くのは,兄とジュンが駄菓子屋の前で,かき氷ができるのを待っている場面で,そのギリゴリギリゴリという音が,今でも耳の奥に残っていることだ。その音を聞くと,ジュンはこの部屋から出ていきたくなった。ここは自分のいる場所じゃないと思わず大声で叫びそうになってしまう。
 それでも,いつの間にか順番はやってくる。ジュンはあと5時間で,自分もスクリーンの世界に溶けこんでゆく運命を知る。それは決まっていることであり,どうにもならないことだと思う。それでも,ジュンはスクリーンのかき氷の場面を何回も繰り返して観ている。自分が自分であった頃の,境界線のない世界を,最後まで胸のなかに溶かしこんでいた。

 やがてジュンはスクリーンのなかだけに残っていた。


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