女の闘い

 前の職場で、一見仲が良さそうな女子職員がいた。たまたま同じ部課で女性はふたりだけだったので(以前は3人だったが、ひとりは転勤してしまった)、休憩時間や帰りの時間など、よくふたりで仲良く話している姿をよく見かけた。
 「泪のしずくさん、彼女おかしいんですよ」
 「はあ?」
 急に小柄で童顔のまだ高校生と間違われそうな子の方から、わたしに相方の彼女のことについて深刻な相談を受けるはめになってしまった。
「変なんです。急に大きな声を出して、茶碗を投げつけてきたんです」
 これはうかつに答えられない。いいかげんな想像を口にしたら、その彼女を深く傷つけてしまうことになる。
 「そのとき、他にだれかいた?」
 「いいえ、ふたりだけだったから」
 「そうか・・・」
 むずかしい。片方の言うことだけを信じると、事実を誤って受け取ることになり、今後ややっこしいことになる。
 「心当たりはないの? なんか喧嘩したとか、ちょっとした行き違いがあったとか・・・」
 「いえ、なにもありません。普段どおり、帰り支度をしながら、今日の夕飯は何が食べたいとか話していただけです」
 「わかった。いちおう、彼女に聞いてみるよ。なにかきみの知らないところで気に障ったことがあったのかもしれない」
 「そうしてください」

 わたしは翌日、茶碗を投げつけたという彼女と話すことができた。彼女は中肉中背で特に目立つところもないどちらかというと色白で影の薄い女性だった。
 「それでね、昨日、R子ちゃんとなんかあった?」
 彼女はびっくりしたような目になって、猛然と否定した。
 「何もありません。どうしたんですか。泪のしずくさん、R子ちゃんはなんていってたんですか」
 「いや、ちょっときみの気に障るようなことを言ったかしたかしてしまったのではないかって、気に病んでいたよ」
 「どうしたのかしら。変ねえ・・・。あっ、そうだ。あのことかもしれない」
 「あのことって、なんだい?」
 「実は、わたしも気がつかなかったんですが、R子ちゃんってK君と付き合っているらしいですね」
 「ああ、そうだね。公然の秘密ってやつだね」
 「そのK君って浮気しているらしいんです」
 「へえーっ、やつももてるからなあ」
 「わたし、K君にホワイトデーのお返しもらっちゃたんです」
 「そうなの」
 「わたしみなさんに義理チョコあげたから。義理堅い人はお返ししてくれるから」
 「ぼくももらったけど・・・。お返ししなくてゴメン」
 「それはいいんです。でもK君はちょっとカン違いしたみたいで」
 「つまりきみがK君のことを・・・」
 「誤解されるといやだから、R子ちゃんには黙っていたんです。でもそれがかえってよくなかったみたいで」
 「そうか、なるほどね。R子ちゃんが嫉妬したわけなんだ」
 「たぶん、そうだと思います」
 
 話はそれで終わるはずだった。他愛のないことでもめてもしようがないので、R子ちゃんはなるべくそっとしておくことにしたのだが・・・。
 わたしは急に呼び止められた。
 「泪のしずくさん、ちょっとお話があるんですけど」
 少し険悪な顔つきになっている。わたしもこれはまずいと内心で注意信号を鳴らしていた。
 「ちょっと待って。もうすぐ退社時間だから、終わったら食堂でコーヒーでも飲みながら話そう」
 「はい」
 深刻な顔つきをしているので、てっきりこの間の話の続きをしてくると思っていたら、意外なことを言ってきた。
 「泪のしずくさん、実はわたし、会社を辞めようかと思っているんです」
 「どうしたの、急に。なにかあったの」
 「はい、わたし実はアメリカに留学に行くことになったんです」
 「ほんとかい。すごいね。それは前から考えていたのかい」
 「はい、ずっと英語を勉強していて、将来は通訳か英語の教師か、いろいろ挑戦してみたいんです」
 「そうか、それはいいことだ。まだ若いしこれからだね。アメリカ行く前に盛大に送別会でもやろうね」
 「ありがとうございます」


 彼女は翌日に会社を退社した。
 しばらくしてから、K君ともうひとりの彼女が婚約をした。
 R子ちゃんの消息はそれからわからなくなってしまった。彼女が天涯孤独な一人暮らしだったということを後からだれかに聞いた。



 

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